尾崎放哉 Ozaki Hōsai


ホツリホツリ闇に浸りて帰り来る人々
牛の眼なつかしく堤の夕の行きずり
つくづく淋しい我が影よ動かして見る
ねそべって書いて居る手紙を鶏に覗かれる
皆働きに出てしまひ障子あけた侭の家
落葉へらへら顔をゆがめて笑ふ事
月夜戻りて長い手紙を書き出す
落ち葉掃き居る人の後ろの往来を知らず
流る風に押され行き海に出る
静かなるかげを動かし客に茶をつぐ
夕日の中へ力いっぱい馬を追ひかける
花あはただしさの古き橋かかれり
砂浜ヒョコリと人らしいもの出てくる
昼めし云ひに来て竹薮にわれを見透かす
山水ちろろ茶碗真白く洗ひ去る


一日物云はず蝶の影さす
雨の傘たてかけておみくじをひく
お地蔵様に灯をともす秋の花ばかり
たった一人になり切って夕空
高浪うちかへす砂浜に一人を投げ出す
宝物拝観五銭と大書している
何も忘れた気で夏帽をかぶって
潮満ち切ってなくはひぐらし
むっつり木槿が咲く夕べ他人の家にもどる
銅銭ばかりかぞへて夕べ事足りて居る
夕べひょいと出た一本足の雀よ
人をそしる心をすて豆の皮むく
仏にひまをもらって洗濯している
こんなよい月を一人で見て寝る
底がぬけた杓で水を呑もうとした
なんにもない机の引き出しをあけてみる
犬よちぎれるほど尾をふってくれる
尻からげして葱ぬいている
色鉛筆の青いいろをひっそりけづって居る
にくい顔思い出し石ころをける
漬物桶に塩振ふれと母は産んだか
大空のました帽子かぶらず
吸取紙が字を吸い取らぬようになった
いつまでも忘れられたままで黒い蝙蝠傘
人殺しありし夜の水の流るるさま


背を汽車通る草ひく顔をあげず
時計が動いている寺の荒れている
田舎の小さな新聞をすぐに読んでしまった
浪音淋しく三味やめさせている
遠くへ返事して朝の味噌を擂っている
豆を煮つめる自分の一日だった
とかげの美しい色がある廃庭
母のない児の父であったよ
淋しいからだから爪がのび出す
一本のからかさを貸してしまった
小芋ころころはかりをよくしてくれる
蛙たくさんなかせ灯を消して寝る
釘箱の釘がみんな曲っている
お寺の灯遠くて淋しがられる
かぎりなく蟻が出てくる穴の音なく
一人分の米白々と洗ひあげたる
頭をそって帰る青梅たくさん落ちてる
たまらなく笑いこける若い声よ
山寺灯されて見て通る
昼寝の足のうらが見えている訪なう
打ち水落ちつく馬の長い顔だ


眼の前魚がとんで見せる島の夕陽に来て居る
西瓜の青さごろごろとみて庵に入る
町の盆燈ろうたくさん見て船に乗る
島の小娘にお給仕されている
漬物石になりすましは墓のかけである
すばらしい乳房だ蚊が居る
足のうら洗へば白くなる
海が少し見える小さい窓一つもつ
とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた
井戸のほとりがぬれて居る夕風
自分をなくしてしまって探して居る
一日風ふく松よお遍路の鈴が来る
白々あけて来る生きていた
蜥蜴の切れた尾がはねている太陽
木槿一日うなづいて居て暮れた
道をおしえてくれる煙管から煙が出ている
朝靄豚が出て来る人が出て来る
迷って来たまんまの犬で居る
夕靄溜まらせて塩浜人居る
障子あけて置く海も暮れ来る
大晦日暮れた掛け取りも来てくれぬ
元日の灯の家内中の顔がある
風にふかれ信心申して居る
淋しい寝る本がない
雀等いちどきにいんでしまった
いれものがない両手でうける
つきたての餅をもらって庵主であった
夜中の天井が落ちてこなんだ
お金ほしそうな顔して寒ン空
咳をしても一人
麦がすっかり蒔かれた庵のぐるり
ゆうべ底がぬけた柄杓で朝
庵の障子あけて小ざかな買ってる
とっぷり暮れて足を洗って居る
雀が背伸びして覗く庵だよ
これでもう外に動かないでも死なれる
いつも松風を屋根の上にいてねる
身近く夜更けのペンを置く
月夜の葦が折れとる
墓のうらに廻る
夜釣りからあけてもどった小さい舟だ
枯れ枝ほきほき折るによし
貧乏して植木鉢並べている
仕事探して歩く町中歩く人ばかり
いつも机の下の一本足である
手の指のほねがやせ出したよ
肉がやせてくる太い骨である
やせたからだを窓に置きむせている
すっかり病人になって柳の糸が吹かれる
春の山のうしろから烟が出だした

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